クリスマス礼拝
2022年12月25日(日)午前10:30~11:55
説教「汚れきった私たちへのしるし」石井和典牧師
旧約聖書:エゼキエル書17章22~24節
新約聖書:マタイによる福音書2章1~11節
≪聖書研究祈祷会≫
12月21日(水)午前10:30~11:40 午後7:00~8:00
聖書:マタイによる福音書1章18~25節
祈祷:「クリスマス祈祷会・讃美礼拝 クリスマス礼拝のために」
<礼拝前の黙想のために
天の下では、すべてに時機がありすべての出来事に時がある。(コヘレトの言葉3:1)
時機と訳されている言葉はヘブライ語で「ゼマン」という言葉であり、「定められた時」を意味します。これは「神が」定められたという意味が非常に強くあり、人間がその時をどうすることもできないという意味です。
私は20歳の時に、自分が闇に落ちていたという感覚があり、なぜそのような心理的状況に至ったのかというのは、一言では説明できません。その闇の中に落とされるという経験があったからこそ、光を求めたのですが、その時期というのは、自分で選んでいるようであって、神が定めたものであったことを思わされます。
自分で自分の心の変化もコントロールできないと実感しているのにもかかわらず、人はすぐに他者をコントロールしたくなり、その結果、非現実的な無理難題を人に押し付けて傷つけていたりします。
いつも聖書の言葉は私たちを本来帰るべきホームポジションへと向かわしめます。常に方向転換です。(石井和典)